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山口地方裁判所 昭和33年(ワ)263号 判決 1959年3月31日

原告 阿知須ラジウム温泉

右管理者 大谷豊次

右代理人弁護士 細迫兼光

被告 中尾岩雄

右代理人弁護士 沢田建男

主文

原告の本件訴を却下する。

訴訟費用は訴外大谷豊次の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金四十八万八百五十一円及びこれに対する昭和三十三年四月一日より完済まで年六分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として「原告は頭書肩書地において公営企業として、阿知須ラジウム温泉経営を業としておるものであり、被告は昭和三十二年三月十六日より同三十三年三月六日まで七十六回にわたつて右温泉で飲食遊興をし、その代金合計金四十八万八百五十一円となりこれを同三十三年三月三十一日までに支払の約であつた。しかるに被告は右支払期を経過するも、支払をしない。よつてここに右代金四十八万八百五十一円と支払期の翌日たる同三十三年四月一日より商法所定の年六分の割合の損害金の支払を求めるものである。」とのべ、被告の主張に対し「原告阿知須ラジウム温泉右管理者大谷豊次とあるを原告阿知須町右代表者町長中川仲之進と訂正申立てる。即ち、原告を阿知須ラジウム温泉と表示したのは誤りであつて当然、原告は阿知須町でなければならない。原告は請求原因中、公営企業として阿知須ラジウム温泉経営を業としておると記していることでこれは明らかである。そして右町議会の議決が昭和三十三年十一月二十四日にあつたから町が当事者となることは追認された。」とのべた。

被告代理人は本案前の答弁として主文第一項同旨の判決を求め、本案の答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、その答弁として、「原告阿知須ラジウム温泉が温泉経営者であることを否認する。阿知須ラジウム温泉は阿知須町が経営者である。原告阿知須ラジウム温泉は人格、権利能力を有しておらず、従つて当事者能力がないのである。当事者「町」なれば地方自治法第九十六条第一項第十号所定の議決を得て訴を提起するを要するが本件では右議決を経ておらないことでも明らかである。」とのべた。

理由

先ず原告主張の請求原因たる事実によれば、原告は肩書地において、公企業として阿知須ラジウム温泉経営を業とするものであつて、被告はその温泉にて飲食遊興したので、その代金の支払を求めるものであるというにある。

訴における当事者を確定するには何によつてこれをなすべきかについて按ずるに、訴状記載(本件では支払命令申立書以下訴状と称す)の当事者として記載された原告、被告(本件申立書中には債権者、債務者と記載されているが以下原告、被告と称す)の住所、氏名とその請求原因たる事実の記載とを綜合して当事者が何者であるかを確定しなければならない。現実に誰が訴を提起し、誰が訴状を受理し、応訴したかは何等当事者確定の資料とすることはできない。もし、これが資料となると解せば、段階的に発展する個々の訴訟行為(例えば訴の提起、訴状の受理その他の各種の訴訟行為)に誰か当つたかについて、いちいちこれが実際的に取調べねばならず、訴訟経済に反することとなる。これに反し、訴訟当事者を、訴状記載の前記諸事項を綜合して、即時客観的に確定して訴訟を進行すれば、訴訟に現れた適確な資料だけで当事者を確定する結果、訴訟手続並に判決の効力を安定させることとなり又訴訟開始の当初から当事者が確定することとなり訴訟経済に合致することとなる。

以上の点から本件訴状をみると、原告は阿知須ラジウム温泉と記載され、その請求原因には温泉を公企業として経営するとのべてあるのみであつて、右によれば如何に判断しても、「町」(阿知須町たる自治体、以下同様)が経営するものとの結果をみちびき出すことはできない。けだし公企業経営は如何なる町でも又その他の自治体でもなしうるからである。又たとい訴提起後、地方自治法九十六条第一項第十号所定の訴訟に関し町議会が議決したとしても本件訴訟の当事者は町が当事者適格を有することが判明して右議決をしたまでである。即ち、これは何人が本件訴訟の正当な当事者であるかという問題であつて、当事者の確定の問題とは自ら別である。それ故、右のように「原告阿知須ラジウム温泉」と確定された以上これと別の権利主体たる「町」に変更することは当事者の変更であつて、訴訟当事者表示訂正の申立は許されない。

そこで右確定された原告ラジウム温泉の当事者能力について考えてみるに、右温泉は権利能力を有しないものであることは当事者間において明らかに争わないところであるから(且つ民事訴訟法第四十六条法人に非ざる社団又は財団であるとの特段の主張立証なき本件では右所定の法人とも認められない。)本件原告は訴の要件をかくものである。

右の次第であるから本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十八条第九十九条を類推適用して訴外人たる大谷豊次に負担させることとして主文のように判決する。

(裁判官 松本保三)

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